Canon AUTOBOY JET(1990年)
  

35-105mm F2.8-6.6

キャノンオートボーイジェット(平成2年)
 
 
 
 
 
 
 
 

 古ぼけたカメラだが、決して乱暴に扱われたわけではなく、よく使い込まれた印象がある。金属カメラならそれなりの味が出るのだが、オールプラスチックのボディは光沢を失い、1988年のフォトキナで注目された輝きはいつのまにか忘れ去られてしまったようだ。

 カメラの塩田に向かう途中に神田川にかかる橋がある。一匹の大きな緋鯉の、橋の上で立ち止まっている現物人の目線の先の泳いでいる姿は、川の流れに逆らっているが、上流にも下流にもどちらにも進まず、時間の流れは尾びれと同じにゆらゆらとしている。毎日通っている私にとってはそれほど珍しいことではないが、見物人にしてもたぶん驚くようなことではなく、それでも足を止めて見物してしまう。たまには白鷺のような白い鳥も見ることができ、こちらの方が珍しい。

 橋を渡ると右手に交番がある。お巡りさんの仕事の多くは道案内と聞く。ここだと桜が見頃の、あるいは蛍が舞う、冬には忘年会が開かれる椿山荘への道順をたずねる人が多いだろう。その橋を渡って左側の坂道を登り切るったところが椿山荘になるが、勾配はきつく、時間に追われて急ぎ足になったり、走らなければならない状況ではかなりつらいことになる。最近は鳩山会館の場所を聞く人も多いかもしれない。駅の改札口に丁寧な案内板が設置されている。

 橋を渡ると次に交番の先の新目白通りを渡らなければならないが、信号の待ち時間が長いので、信号が赤の時はここで渡るか、さらに右手に50mほど歩いて塩田の前の横断歩道まで行って渡るか、判断が難しい。ここで通りを渡ることになると、塩田の手前並びのマクドナルドの胸焼けしそうな臭いが漂う中を、息を止めて通り過ぎねばならない。できれば信号が赤のうちに右に進んでしまうのが理想だが、思ったより早く信号が変わってしまうと、もう1サイクル待たされることになる。今日は運良く、信号が変わる前に塩田の前の横断歩道までたどり着くことができた。

 三間ほどの店の間口の、築後30年以上は経っていると思える古い駅ビルの1階の通りに面したショーウインドウには、主に1970年代から1980年代のカメラが並べられている。最近ではデジタルカメラも幅をきかせるようになった。店の奥行きは広いところで一間、狭いところでは半間程度しかない。ショーウインドウの棚には二列にカメラが並べられている。一列は通りに向けて、もう一列は店内に向けて。したがって、塩田を覗くにはまずは店の外、通り側からカメラを眺め、そのあと店内に入って内側から眺める必要がある。

 棚の上の方は背伸びをしないと見えにくい。最上段の左の奥、店内に向けてサムライが3台並んでいて、その裏側に店の外に向けて陳列されたカメラの背面が見えている。見慣れないものがあったたので、一度店から出て外側から確認した。見たことがないカメラだった。再度店内に戻り、サムライをちょっとよけて、それに手を伸ばしつかんでみると手になじむ太さだったが、つかみ所のない感触だった。こうしてグレーの筒状のプラスチックボディのCanon Autoboy JETを初めて見、初めて手にすることとなった。

 塩田のカメラには紙製の正札が糸でぶら下がっているのだが、JETには付いていなかった。店主に値段を聞いた。彼は値段が付いていないことをいぶかりながら、カメラが動くかどうか確かめ始めた。電源スイッチとなっているレンズキャップを開けたが電源は入らないようだった。半間ほどしかない店の奥から新しい電池を持ってきて入れ替えたら作動した。

 私は値段が気になってしかたがなかったが、次に彼はフィルムを持ち出し、JETに装てんしようとしたが、なかなかうまくいかず、小さな液晶に装てんエラーの表示が出ていた。何度か入れてはエラーを繰り返し、ようやくうまくいった。彼はフィルムのカールと、装てん先のカーブが逆だからうまくいかないと説明してくれた。

 彼はカメラ全体をしげしげと眺めながら2000円と言い、電池も新品、フィルムは期限切れなので練習用だと付け加えて私はカメラを手渡された。この値段ではもはや買わない理由はない。彼は無造作にプチプチに包んでレジ袋に入れてくれた。これが塩田のスタイルだ。今日は高島屋のレジ袋だった。

 

 
実写サンプル(1)
実写サンプル(2)
 
キャノンカメラミュージアム/デザイン館

キャノンカメラミュージアム/カメラ館

(2010.06)